事務局員ブログ、「あうんパラダイスへの道」スタートに寄せて

 

 複合発酵技術にご縁をいただき、これぞ「人類救済技術」との確信の下、あうんの会を立ち上げ、すでに5年過ぎました。今日の地震の頻発、温暖化による気候変動、海面上昇、大雨台風、家畜から人間への疫病へと、“ノアの大洪水”人類への危機が迫っていることへの不安感を禁じ得ません。

 

 そこで、人類救済技術普及のお役目を戴いた私たちは、いかにすれば皆さまの魂へ響くメッセージをお届け出来るか。より分かりやすく、誰もが実現可能であり、しかも人類の恒久的平和につながるものでなければなりません。人類発祥の原初にその答えがあることを知ることとなりました。楽園、パラダイスです!

 

 そして、全ての命を生かし支える微生物技術「複合発酵あうんユニット」がその中心になることに確信を持ちました。すべての命が共存共栄する世界、それが「あうんパラダイス」なのです。

 

私たちはパラダイスへの道を切り開く使命に邁進します。

 今後、ブログを通じて「あうんパラダイスへの道」を、お示しします。

 

技術担当・天野圭介  事務担当・小川繁康  副会長・新井康之  会長柳田繁吉

僕を掴まえて(新井 )2020.8.13

 渇く日の 一杯の水のうまさは

 子どものころと 変わらない

 水はなぜずっとうまい 変わらずに

 僕が水を掴まえた いいや

 

水こそ僕を掴まえて ずっとずっと離さない

 水は少しも 変わらない

お前は少しも 変わらない

 

 

 

 想い出す(柳田)2020/08/13

人生に学ぶことは何もない。忘れたことを想い出すことだけ。

禁断の木の実を食べる前の人間は完全だった。完全な人間は新たに学ぶことは何も無い。現代の退化した人間は忘れ去ったことを想い出すことである。

 

皆さん考えるので無く、感じて下さい。学校で勉強して、あ!そうか。解った!そういうことだ!となります。これは新たな知識が入るわけでなく、忘れていたことを想い出したのです。日常の生業の中、多くの人との出会いがあり、何か懐かしく昔から知っているかのような人もいます。会った瞬間想い出したのです。ただその現象はほんの一瞬、黒雲に覆われたその雲間のすき間から太陽の光が一指し差し込むようなことなのです。

 

本来の人間に戻るには、何本ものもつれた糸を解きほぐさなければなりません。将に複合的に同時に直感的にやらなければなりません。その第一番にやらなければならないのは、あうんユニットを中心にしたあうんパラダイスなのです。このことが全ての解決につながるのです。

 

 今後その一つひとつを解き明かしていきます。

 

宗郎さん登場(新井 )2020.8.10

 

柳田ファームに霜里農場の宗郎さんをお招きした。柳田会長の切込みは激しい。何の遠慮もない。なさすぎる。しかし、宗郎さんはさわやかだ。心地よい風でも吹いてきたかのように、快い返事で応じている。宗郎さんはいつでも、だれに対してもそういう人なのではあるが、柳田先生のように要点に切り込んでくる人はそうはいない。だからこそ、宗郎さんはきっと、心地よかったのだと思う。私の心配ごとなどお構いなく、宗郎さんは先生のお話に耳を傾けておりました。どさくさに紛れてうっかり私も宗郎さんに言いたいことをいいました。柳田先生は「そっちの方がひどい」と言われました。結論としては、宗郎さんの戦闘能力は会長並みだということです。新しい宗郎さん像を知ることができました。宗郎さんはフィリピンのネグロス島でブタを飼った経験があり、何よりも柳田ファームのブタさんたちの健やかさに脱帽し、複合発酵と有機農業の融合による新展開に想いを馳せておられました。

 

 

 

感動を自由に(新井 )2020.8.9

 野の花に紅を刺すことはなく 野の花に虫添えることもない

 夏草に露を置くことはなく 秋空に雲を運ぶこともない

 谷間に錦着せることはなく 枯れ葉をいたわることもない

 深山にクマ寝かすすべはなく すべてを凍らすすべもない

 地球を回したことはなく 月を浮かべたこともない

 

 いつでも どこでも すべが受け身の なにもかもが 受け身の 僕の人生

 けれども 僕らは いつでも自由に 自由に 自由に 感動を求める

 どこまでも 自由に 感動を求める 自由に 自由に 感動を求める

 

  生命情報とは(柳田)2020/08/08

 現代の人間は環境破壊によって、自分自身の身体と精神の破壊も同時に進んでいます。空気、水の汚れ、あらゆる汚染物質が体内に入り込み、その結果、心身ともに病み、意識が遅くなり、今自分の置かれている立場さえ分からないのです。、、いくらメッセージを送っても理解出来ないのてす。神の子の完全だった我々が、楽園で善悪の解るようになる果実を食べ、神の完全な創造物を分析するする分析知を身につけ、現代の環境破壊のガラクタ文明を造ってしまったのです。その現実に切り込むと同時に問題解決を図らねばなりません。

 

 その問題解決の答えが複合発酵の、あうんパラダイスなのです。あうんパラダイスこそ、楽園での神との約束を破る以前に戻れるのです。このあうんパラダイスに地球人類が抱えているあらゆる問題の解決がすべて含まれているのです。

 

 その具体的第一番目が「人間は自然の一部」つまり自然と一つになるのです。単なる言葉遊びで無く、生命情報によって将に自然と一つになれるのです。それを、分かりやすい話しましょう。

 

 野生の動植物は自然の法則に沿って生きています。動物はテリトリーの中で食べて排出して生きています。将に循環そのものの中に、生きて天寿を全うします。当然その循環に微生物は重要な働きをしています。循環とは浄化作用だけでなく、そのサイクルにかかわる生命を、より健康に幸せに生き生きさせる働きがあるのです。

 

 例えば貴方が肝臓が病んでいれば、その情報を微生物がキャッチしてその情報を植物に伝えます。例えば家庭菜園でニンジンを栽培しているならそのニンジンに肝臓が悪いと言う情報が伝わりニンジンはその人の肝臓の病気を治す成分を作り出すのです。植物は宇宙とつながっています。宇宙はすべての生き物を健康に幸せにしようとする力が満ちているのです。これこそ神の愛そのものと言えるのでは無いでしょうか。

 

(アダムとイブは善悪の木の実を食べたことにより、善悪がわかるようになり、自分たちが悪を犯してしまったことを知りました。つまり、善悪という概念を知った時に初めて悪が存在するのです)

 

 

 今は楽しみ(新井 )2020.8.8

 

 草むしりは大嫌いでした。草は際限なく生えますし、雨の中の草むしりも厳しいが、焼けつく太陽の下ではもっとつらい。30分がんばっても大してはかどりはしません。苦しみと成果の、大きすぎるギャップです。ただただ徒労と感じてしまえば、逃げ出したくなります。そして逃げ出していました。しかし、今は楽しみです。30分がんばるとやはりその分終わっているのです。それで喜んでくれる人がいると思えば、意味が生じてきます。こんなことやっていてだれが喜ぶものか、そう思えるうちはダメです。人々の、感謝の声が聞こえるようになったのです。そりゃえらい違いです。人々の感謝の声が聞こえるのと、みんなが私を素通りしていくと感じるのとでは。どこがどうしてこうなった。結論としては、正面から草取りに向かう人々の気持ちが、分かるようになってきたのだと思います。命がけで草取りに立ち向かう人々の心が、理解できるようになったので、そのお手伝いができている実感が、私を支えるようになったのです。今や怖いものはないのです。

感謝のために(新井 )2020.8.7

 「私は、地球を回したこともなく、星を浮かべたこともありません。父を生んだことも、母を生んだこともありません。水の一滴を作ることもなく、わずかな空気をこしらえたこともありません。それなのに私はここに居て、一口の水のおいしさは限りなく、さわやかな風の一息に身も心も洗われます。」人間だれしもその状況は同じです。私たちはみな等しく、人生というこの場に置かれています。私たちは、何もかもがお膳立てされて、祝福に満ち溢れた存在です。すべてが整えられ、すべてが与えられて、それでいながら私たちは全くの自由です。この自由を、互いへの感謝のために使いたいのです。

 

「♪それだけを覚えた」

 

動画リンクhttps://youtu.be/70n79H9xlAs

都合を離れて(新井 )2020.8.4

 私は役所時代、知的障碍者施設の施設長になったことがあります。知的障碍者やその家族が抱えるハンディは、並大抵のことではありません。それらの方々の生きて行く個人的・社会的、経済的な幾多の困難を想えば、私たち健常者の人生はたいへん恵まれています。それなのに私たちは、内向きな悩みに日々を過ごして時を失います。その意味で、小さな自分の都合を離れて大胆に生きることが、大切であると思います。みんな、がんばれ。「♪激しい雨」

 動画リンクhttps://youtu.be/aBvzFDWijs8

 

 小児喘息(新井 )2020.8.5

 

私は小学校高学年当時、小児喘息を患っておりました。喘息の患者さんの数は今日たいへん多く、厚生省によりますと患者数は450万人で、小児の6%、成人の3%が気管支喘息だそうです。気管支がアレルギーによって炎症を起こし、軌道が狭くなって、意気が吸えない吐けないという状態になります。こうなるとて苦しくて苦しくて、一息一息が命がけの状態です。そのような病がないことは、誠に感謝なことです。しかし人間は、そのようなマイナスをしょい込んでいない日常への感謝よりも、人並み以上の幸運に恵まれない自分の不運を嘆くことを優先させます。それでは、豊かな人生がひらかれようがありません。朝霧に立ち、澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込む幸い、その当然の日常の偉大際に気付いてこそ、豊かなものを分かち合う人生が広がると思います。

 

 祝福の中央に居る私たち(新井 )2020.8.6

 

人生は限りなく豊かです。それなのに私たちは他人と比べて自分を、ありふれたもののように顧みることもなく、惨めに嘆く日々を繰り返します。神様からすれば、もう大概にしてくれ勘弁してくれというところでしょう。私たちの人生は祝福にあふれています。その証明の一つがあうんユニットであるのです。大地も星々も何もかもが、私たちの存在を祝福している。その証明があうんユニットなのです。

 「何が残るかね♪」

 動画リンクhttps://youtu.be/70n79H9xlAs

狂人(柳田) 2020/08/06

 宮崎駿の「風の谷のナウシカ」の漫画版では、最終結末が語られている。ナウシカも含めて人類の息の根を自らの手で閉ざすという壮絶なものでした。宮崎は人間の度し難さに絶望しているか、一方人類に対しての強烈なメッセージを送っているつもりなのでしょうか?

 

ここで宮崎駿と現代の最高頭脳を持った科学者も見落としている根本的な問題があります。そう、この複合発酵と言う素晴らしい科学を発見発明した高嶋博士でさえも同じなのです。

 

 ナウシカ達は遺伝子操作をされたバイオロボットだとなっているが、バイオロボットが、人間の持っている善悪の相反するものがあってこそ本来の人間なのだと言う真理を解るわけが無いのです。ナウシカは全くまともだからバイオロボットの未来人の墓所を破壊したのです。ここは宮崎駿のミスであり、よみが間違っています。

 

又高嶋博士にして、私のホームページから、私が自らを柳田大明神と言っていることを知り、人間は神ではありません!と当てつけのように何回か言われたことがありました。懇親会の一幕でした!(^^)!。昨今のノーベル賞クラスの科学者も皆同じなのです。

 

 その答えは、人間は時間とともに成長進化していると思っているが、全く逆に退化していると言う事実を全く解っていないのです。きつい言い方ですが、狂人は自分をまともな人間だと思っています。人間は自然の一部と言う真理を現代人は理解出来ない狂人なのです。

故に私が人生をかけて、あの手この手でメッセージを送っても反応しないのです。

いくら強いメッセージを送っても届かないのです。

 

 

達観(柳田)2020/08/05

 アニメ「風の谷のナウシカ」の最終章は死の未来で終わる。ナウシカの民族は、腐海の毒に耐えるように人工的に造られていた。又墓所の中には旧世界に存在していた動物や人類などの生命体を遺伝子操作をして、詩と音楽を愛する平和的な新人類のタマゴとして眠らせています。その墓所をナウシカは破壊したのです。

 ナウシカは「生命とは、『愛』や『喜び』だけではなく、『憎悪』や『悲しみ』などの相容れないものが入り交ざったものである」との信念があります。

 

 原作者宮崎駿のメッセージは善人だけの社会、善良なだけの人間の矛盾を言っています。光と闇、善と悪、上と下、右と左、双方ともに必要であり、すべてが自然であり、善も悪も無い人間の勝手な想いで決め付けているのです。自然に手を加えることの愚かさ人間の傲慢さに対するメッセージなのです。

 

闇が濃ければ、より一層光が輝きを増すのです。悪があって善が正義の味方で感動の物語ができるのです。苦しみを乗り越えて喜びがより増すのです。

 

それより何より人間は自由な存在なのです。その自由は天国も地獄も選ぶことが出来る、究極の自由なのです。

 

 宮崎駿監督は生命の世界を限りなく深く見ているから、あのような素晴らしい作品を造られたのです。達観しているのです。

 

爆発破壊(柳田)2020/08/04

 アメリカのテレビドラマの傑作「大草原の小さな家」と、日本アニメの傑作「風の谷のナウシカ」の漫画版、双方のエンディングは共に爆発破壊で終わっている。あれだけの感動作品が破壊で終わりにする原作者の意図とは、ネットでは名作ゆえに憶測が憶測を呼び疑心暗鬼の百花繚乱である。

 

ここで自然体のオレ流に戻れば、よく解る納得だ。ドンキホーテのオレの夢、高嶋科学複合発酵で人類救済を果たしたとして、オレの名声が世界を駆けめぐり、世間からちやほやもてはやされたとしても、オレの業績を跡形も無く爆発破壊して、オレの足跡一つ残したくない。足跡一つ残すことも許さない、許せない。

それをオレの魂が、静かに当たり前だよ、当然だと言う。何故だろうか、魂の自分と肉体のオレとの間にギャップがあるからだ。今は肉体のオレだが、死にゆくときには一切の欺瞞を許さない。オレの恥ずかしいもの醜いもの全て破壊して跡形も無く、足跡さえ残したくない。大宇宙はビッグバンからブラックホール創造と破壊だ。オレの中にも創造主と同じものが在る。

 

 大草原の小さな家のインガルスはドラマの最終章には癌に犯されていた。宮崎駿は癌では無いが過酷なアニメ制作に疲労困憊だった。双方共に魂の叫びに応じて爆発破壊のエンディングを選択したのだろう。

 

 ところがどっこい宮崎駿は一度引退を発表したが又復活して新たなアニメ制作にかかっているそうだ。それが人間というものよ、喉もと過ぎれば熱さを忘れる。解っちゃいるけどヤメラネー。

 

 反省新井) 2020/08/03

 本日はもう83日ですね。自分は大したことはない。自分など取るに足らない。自分など、だれかの前に立つ資格もあるはずがない。まあ、そんな風に考えがちですよね。そう考えていたほうがケガはしな気はします。

 自信満々でいれば、いずれ落とし穴もあるでしょう。調子に乗っていれば、足を踏み外すこともあるのです。それならいっそ、じっとしていれば安心です。

 しかし、それでは何の楽しみも展開もありません。展開があってもすべては受け身です。私たちは、生きていることを感じたいのです。それには自分を過小評価して、縮こまっていたのでは話になりません。自分の小さな行動が友の共感を生んで、大きなうねりになって自分に戻ってくることを 信じ、常に行動する者にならなければ、豊かな人生にはならない。それが、この一週間の私の反省です。

 友を疑って自分を閉ざすのではなく、友を信じて自分を開いてゆだねて生きることが大切です。光の中を歩むとはそういうことです。あうんユニットの微生物たちもそのように生きることで、輝いているものです。大宇宙は意識なり。


  人間の可能性 (柳田)2020/08/03

  現代のガラクタ文明は知識の継承が必要だが、命の文明はインスピレーションをもって文明の華を咲かすことができる。 インスピレーションとは宇宙のデータバンクにアクセスして答えを引き出すことである。ただし条件がある。

 それには意図が純粋であること、次に意識の速さである。この二つが絶対条件である。

 

退化した現代の人間に必要なものは、生きるための食料に夏の暑さ冬の寒さから身を守る衣類に家だ。それとエネルギーが必要だ。それらを手に入れるためのお金が必要だ。

 

 待てよ、原初の人間は現代の退化した人間と全く違っていたかも知れない。創造主は自分に似せて人間アダムをお造りになった。ご自分の持っているものの全てを与えた。人間は神の子だと言う。神の子に衣食住は不必要かも知れない。人間は神と同じ能力を持っていると言うことだ。神の能力とは愛することと、あらゆるものを造る創造力だと言う。

 

 神はものを造るのに材料や道具を使わない。何で造るかと言えば意識だ、意識エネルギーを使う。天と地に別れろと言ったらそうなった。人間も退化しない本来の人間に立ち返るなら神の能力を発揮できるのだ。だから、退化した我々人間が本来の神の子人間に戻ることが先決なのである。それは可能かと言えば実は可能なのである。

 

  何時しか意識エネルギーを使って、ガラクタ文明から命の文明を創造することができるのだ。命の文明とは命の絵の具で命の絵を描くことだ。それが楽園パラダイスなのである。

 

これでいいのだ!(柳田)2020/08/02

 真の芸術は真理を表現することだ。

 文章は理性で書いてはいけない。文章は気合で書くものだ。

 気合とは未熟さを切り捨てて、まあいいかと妥協することだ。

 

 文章はアートだ。

 文章はゴッホだ。ピカソだ。

 その辺からのスタートだ。

  天才バカボン、これでいいのだ!

 

新井さんのブログを横目で見ながら、母の胸も奥さんの胸も同じ胸には違いが無い。

 違うとすれば意識の違いでは無いだろうか。

 

私は74歳ネコのトラちゃんと二人暮らしです。

  意識一つで猫(=^_^=)の胸も母の胸以上になるのです。

 

無垢なる日々(新井2020/08/02
もうじき69歳です。69歳になっても母の胸ほど良いものはない。母の胸ほど良い思いではない。大人になって何を冷静に判断できるようになっても、あらゆる経験を重ねるようになっても、それに勝る匂いもない。触感もない。安心もない。すべての良いものがそこにある。私たちはすべてを、それを基準として、自らの手で再び新たな構築を果たそうとして苦悩するのだろうか。そもそも母の胸の下では、孤独を知ることもなかった。無垢なる日々よ、再び輝け、無垢なる日々に再び目覚めるのだ。無垢なる日々を与える者となって!
ひとりで死ぬ夢」
動画リンク
https://youtu.be/1-Tp3C_-d18



ナウシカのメッセージ(柳田)2020/08/01

 

 原初のパラダイスにいた頃の人間は幸せだった。知恵の果実を食べて人類の不幸が始まった。人間は進化で無く間違い無く退化している。

 

 絶えない戦争と環境破壊、病気も不治の病から精神病まで、地球77億総精神異常といった状態である。何が人間をそこまで退化させているのか。

 

 それは闇の勢力が造った社会システムである。命の無い、時間とともに壊れ崩壊し環境破壊するガラクタ文明だからだ。

 水が空気が汚染され母なる大地は農薬化学肥料で汚染され、水の惑星は腐海の海となり、とうとう宮崎アニメ風の谷のナウシカのあのマスクが現実のものとなってしまった。

 地球人類総マスクだ。哀しいよりも笑ってしまう。ガラクタ文明のなれの果てがマスクだ。恥ずかしくて天にあわせる顔も無いと言っているようなものだ。

 解決はただ一つ。腐海の海の中にある胞子でできたキノコ🍄のような木が、腐海の毒を結晶に変えているあのシーンだ。あの真実だ!ナウシカは複合発酵のメッセンジャーだ。

 

 

大地の生産性(新井 2020/08/01
 
複合発酵とは何だろう。簡単に言うと、植物は実を結び、木々は果物をもたらす。動物も血肉を生み出し、子孫をつなぎます。そうした生産性は、植物や動物の独自性を顕わすものではなく、植物や動物は自然界に蔓延しているその生産性を、自己の体の中で再現しているだけのことで、特別なことをしているわけではないのです。

 植物や動物に見られる生産性は大地に蔓延していて、蔓延しているその一端を植物や動物を介しないで直接に垣間見せる装置があうんユニットだというわけです。合成と融合こそ大地の本質で、植物や動物はそれを体現して見せているが、その体現のバックボーンはあくまでも微生物。その微生物の主戦場は大地であり、微生物の調和の 本質、合成融合を引き出して見せるものがあうんユニット。今は、そのように理解しております。
すると雨が」
動画リンク https://youtu.be/flf-Xi2uzRo

ここに幸あり(新井2020/07/31
  今朝(30日)は朝4時に起きて、16㎏の華うどんと1㎏の蕎麦を打ちました。作業を終えて8時には施設への配布に向かいました。一朝に多量のうどんを作ると、良い訓練になります。まとめて行うことで、未熟なところの修正ができるのです。楽しみにしてくれている人がいるので、そういうことも可能になるのです。

 だれかが喜んでくれると言うことは、生きている理由にも、前進の動機にもなります。ひとりぼっちでポツネンとしていたのでは、何も湧いてきはしません。だから私はいつでも、だれかが喜んでくれる場所に陣取って居るわけです。そうは言っても、もちろん得意技でないと続きません。その得意技を養うには、人生長い時間がかかります。従って活 躍の場といっても、極ごく狭い範囲でのことです。それでもそれは、幸せなことです。
メリーゴーランド」
動画リンク
https://youtu.be/mXyAaR9P600

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人生は迷って良いのです(柳田) 2020/07/31

 右か左か、前か後ろか、それとも上か下か、人間は常に迷い行ったり来たりの人生です。それで良いのです。むしろそれでなければいけない、一方方向へ突き進む方が危ないのです。

 

人間は陰陽太極図です。陰の中に陽があり、陽の中に陰があり、それが動きを止めて考えさせます。相反するものが行ったり来たり、心で迷い、行動して又迷います。常に衝動に駆られて行動し、いや待てよと立ち止まり、反省して又戻る。その繰り返しが大切なのです。

 

 陰陽太極図は平面ですが、行ったり来たりしているうちに、何時しか立体のスパイラルの登り階段になっていることに気付きます。昇れば昇るほど視界が開け視野が広くなり、全体を理解します。そして、日々の問題を解決している自分に気づきます。ふとある日踊り場に出ます。すると回りの人が、変わった貴方は変わった、昔と別人のような人になったと言われます。

 

 万巻の書を読むと言いますが、人生に置いて、読むに値する本は数冊です。その本の一冊が陰陽の教えの本です。私はそれに独自の見解を加えました。

69歳の爺(新井2020/07/30
このブログを開始して、一緒に私の歌も聞いていただくことにしました。YOUTUBEを利用すれば無料で実施できます。ただ、YOUTUBEでは動画ファイルしか公開できませんので、5,000円の専用アプリを購入して音楽ファイルを動画ファイルに変換する必要がありました。花の写真を撮影し、それと音楽ファイルとでフォトムービーに仕上げます。当面50曲をめざしますがYOUTUBEは、PCからもスマホからも閲覧できるので、結果的にいつでもだれとでも私の歌を共有できることになりました。この、もうすぐ69歳となる爺さんがです。驚いたものです。それは夢のような、感謝すべき事態です。ですから地道に、大切に、作業を進めたいと思います。
気負いがあるうちは」
動画リンク
https://youtu.be/ge9IEtPLjyo

 意識が全て(柳田)2020/07/30

  生命は進化か創造か。私は両方のような気がする。

 複合発酵の高嶋博士は「偶然から必然へ」と言う。

 

  分析知に毒され、ガラクタ文明を生み出した知恵の果実を食べた子孫達。その分析知の学者達は、生命は突然変異で偶然から生まれたと言う。それに対して新たな時代の真の科学者は生命は必然に生まれたと言うだろう。

 

  日常の出来事もすべて偶然で片づけ、ついてなかった!運が悪かった!と言うだろうが、知恵者はすべて必然であることを理解する。これは反省し理解するかしないかの重要な分かれ道となる。

 

 進化も創造も共通性に着目すれば、意識のエネルギーにたどり着く。進化は自らの内なる意識から生まれるエネルギーが引き起こす。一方天地創造からあらゆる生命の造り主は大宇宙に遍満する意識エネルギーつまり神と言えるであろう。

 

 解りやすく言えば、海の中に住んでいた魚類が陸上にある美味しそうな食べ物を発見して、自らの意識で陸上に上がりたいと強力に念じ続けていれば、何時しか足が出てきて、手も出てくると言う具合である。

 

  つまり個としての意識エネルギーが進化を促し、大宇宙に遍満する神のエネルギーは愛と法則の意識エネルギーであり、高嶋博士の言う、ゼロと無限の世界の主で、すべてを生み出す創造主と考えるのが妥当ではないだろうか。

 

 行きつくところは創造も進化も意識から全てが生まれるようだ。

この大宇宙において最強のエネルギーは意識エネルギーだ。

 

復活(柳田) 2020/07/29

人類救済科学に出会って20数年、その普及に十数年、身近な仲間の超裏切りの連続、一部のあうんの会会員の会費未納から会則違反。

 

 待ったなしの地球環境への起死回生の一手、「人類救済の障壁の打破」で何とか行政への足掛かりをと思った養父の市長、野田市の市長二人の馬鹿市長、政治家として、極めて重要な科学技術に縁を頂きながらの途中放棄は死に値する大罪である。

 

 又人心に作用しマインドコントロールするスリーエスの一つ映画監督の白鳥哲、環境問題の映画作りでE Mを取り上げて蘇生なんぞという映画を作リ、効果がなければ効果が出るまで使い続けなさい、微生物を働かせるのはココロだイシキだとこれで商売になる有名になる!今日の環境問題に最も重用な微生物技術の信用の失墜を招いた彼の罪は重い。白鳥監督が柳田ファームに見学に来たときにあうんユニットの蓋を開けて、どうぞ顔を近づけて臭いを嗅いで下さいと言って臭いを嗅がせると、無臭でむしろ爽やかな空気にびっくりしていたのだ。私は「監督この便槽にE M 菌を入れたなら、このようになりますか」と言ったら黙っていたのを想い出す。

 

 彼等は世の為、人のためと言いながら結局は金のために世の中に害毒を流し続けているのである。こんな連中相手に最早、精も根も尽き果てた。唯一の武器である情報発信のブログの文章もアイデアがわかないのである。後は新型コロナウイルスに任せて撤退しようかと思っていた矢先に素晴らしい人との縁を頂いたのである。

 

 すると奇跡が起こったのです。やる気を無くしていた私に新たなエネルギーが入って来たのです。新たな仲間の愛のエネルギーを吸い取っているようなのです。不思議にもどんどんアイデアが湧いてくるのです。彼らのエネルギーによって、私は蘇生したのです。

 

キリストのように復活したのです。

 

  今後復活した私は、複合発酵あうんの会のあうんブログに仲間の愛のエネルギーに支えられながら、あうんパラダイスの構想を確立してゆきます。どうぞ最後まで見守り応援していただきますようにお願いするものです。

 

柳田先生(新井 2020/07/29

 柳田先生とは、あうんの会会長の柳田氏のことです。氏は、たったひとりで1,000頭の豚(現在は300頭)を飼育し、しかも種付けから出産までを手掛けられ、豚糞は完熟バイオ堆肥に、数々の野菜もエナジー水そだちの手作りで有機農家も脱帽の品質です。50歳頃には高嶋科学とであい、ついにあうんユニットを創案。人類救済を旗印に身命を賭しておられます。いつでも人々に呼びかけ、人々に対してみずからの責任を果たし続けようとされています。だれもがもう疲れたとか、もう十分だとか、責任放棄を決め込むのに対して70代半ばを迎えても氏は、人々に語り掛けることを辞めません。その方を先生と呼ぶのは、私でなくとも特別なことではないでしょう。
私は訴えたいです。先生は、皆さんに絶えず語り掛け訴えかけておられます。皆さんはそうしないのですか、皆さんも誰かに語り掛け訴える存在となることが、先生のご期待に添う道なのではありませんか。